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自信はなくても、志をもって【最終回】

学会が終わった。振り返ればよかったのかも。あまりにゆるくて、学会というより高校の文化祭のようだった学会だが、私にとって自分の発表や人の発表より収穫だったと思えるのは、自分の心がかぱっと開いた瞬間が何度もあったからだ。

今どきの若者なわたくしは、目上の人が苦手。だから目上の人には「こんなこと言っちゃ失礼だよなあ」とあまり心を開けないし、自分から自分を閉ざしてこりこりに固まってしまうこともある。だが、この学会ではいろんな先輩と長い道のりを一緒に帰ったり、会場で知り合い同士という親近感を持っておしゃべりしたり、一緒に写真を撮ってもらったり、外の店でご飯を食べたりし、その度に今までこりこりだったところがかぱっと開くような爽快な気持ちになった。それが研究室という場に戻ってしまうと、あの解放的な気分は不思議とまたしゅるしゅるとしぼんでしまうのだが、それでもあの学会で心を許せた感じは、今でも胸の奥であったかーいぬくもりとなって残っている。

その後も、毎日忙しいし、来るべき1週間も毎日朝早く夜遅いでしょうという見込みがあるので、先のことをあまり考えたくないのだが、昨日就活である会社の少人数説明会に参加して、人生の経験、一つ一つがいずれ宝になるだろうということを感じた。私の研究始まって以降の生活は、基本的に「イヤ」という気持ちの占める割合がかなり多いのだが、それも貴重な経験。卒論のときの絶望しきった毎日も、振り返れば思い出。イヤなことの間にはさまった、ドイツ語や英語の先生を尊敬する気持ち、留学生とのはちゃめちゃだが最高に楽しかった日々、だらしないエンドレス一人暮らし、友達と変な話題で盛り上がったこと、たくさん旅行したこと、先輩に心をかぱっと開けたことなど、全部私の宝物。

絶対にあの会社に入る!と思ったわけではないが、説明会で出会った女性社員に憧れた。あんなふうになりたいと思ったら、今日も新しい先輩に、自然に心をかぱっと開けた。普通は殻に閉じこもっているので、毎日こううまくいくわけではないけれど、自信はなくても志をもって、一生懸命やっていればきっといつか思い出は宝になる。

というわけで、突然ですが、この思い出がたくさんつまったブログUnsere Giraffen 2は今日で終わりにします。いつも長いのを読んでくださってうれしく思いました。最近はあまり更新できなくてすみませんでした。今まで読んでくださった方々、本当にありがとうございました!
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ポスター丸つぶれ!?

今日から学会なり。人生初学会なり。医者たちがよく「学会のため休診」する、あの学会なり。

学会などは碩学の士が出るものだと思っていたが、学生も出てもよいらし。それほど出たし!!!と思わなかったが、出ろ出ろと勧められたので、国内だし出てみることにしけり。いろんなことの合間をぬってポスターを作るのがめんどくさかりし。もっとソフトウェアを駆使して、プロっぽいポスターを作りたかりけり。しかし時間のなさとセンスの悪さと注目度の低さという観点から妥協しけり。

ポスターは昨晩カラフル仕上がりつ。大型プリンター様のおかげなり。しかし私が図柄に最新技術を使いすぎたため、印刷に失敗しまくり、1時間半くらいかかりつ。でもできたのでほっとしけり。ただ、口頭説明がめんどくさし。誰か私の代わりに発表してくださる人募集しております候。

そのポスターを持って帰る時刻は帰宅ラッシュのピーク時、しかも一番混雑する電車タイプでしかも他の路線が大幅に遅れたためそこからも客が流れ込み、大大大混雑。しかし私も各停のために10分も待ちたくなかりし。だからポスターを抱えて乗りけり・・・押すな!!!つぶれてをる!!!折れ目がついてはせっかくのポスターも台無しなり。私は必死で守りけり。腕が折れても、背中を押されてもへこたれず、ポスターを守れり。

何のために学会に行くのか。迷いはあるけれどもいざ見聞を広めてこようではないか。(本当は家で寝ていたし、あるいは、楽しい繁華街に遊びに行きたし。)3日間頑張ってみむ。
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上がれ体温計

研究が好きで好きで、研究の話題がもっぱら興味の対象で、人間関係は研究所の中だけよん♪ 週末何もすることがないとつい研究所に来ちゃうの♥ 

というような人ばかりが研究者かと思っていたら、学会に行ってきた人のお土産をつまみながらの歓談で、インフルエンザで休んでいる人のことが話題に上った。ある先輩女子がつぶやいた。

「私、体温計で熱測るんです。でも、ないなあーって」

別の先輩男性も、

「あ、俺も測ってる。熱あると休めるから(笑)」

この話題、乗ったー!!と思い、私も加わって、

「私も毎朝測ってがっかりしてます」

そして一同ため息。熱があると自分がかわいそうになる。「ああ、こんなに無理してたのね」って。周りもかわいそうがってくれる。

でもその熱がなかなか出てくれない。あるに違いないと思ってもう一回測り直す。でもないものはない。

こうして休みたくて我慢できなくなったけど熱が出てくれないような人は、オンライン出欠表に「風邪で自宅作業します」と書く。「熱があるので休みます」ほどの説得力はないが、気持ちはわかる。

私たちはこの時期みんな風邪を引いている。なのに、熱は出てくれない。研究所の意外とたくさんの人が、心の奥でインフルエンザにかかりたがっている。
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行くとき帰るとき

様々な年代の人がいる職場で、

「お先に失礼しまーす」

と言うときほどちょっぴり緊張するものはない。「なんだこいつ、いつもいつも5時ぴったりに帰りやがって」と思われやしないか、そんなことが一瞬胸をよぎる。そこへ、

「お疲れさまでーす」

と気にも留めないような返事が来ると、まずはほっとする。そして、エレベーターに乗って、建物を出て、守衛所で手続きして、構内を抜け出して、一般市民の生活のある場に戻って、駅に着いて、電車に乗って、乗り換え駅について、乗り換えたあたりでやっと完全にほっとする。やれやれという言葉が一番似合う。

研究所は研究者たちにとって職場なので、やはり退出するときに上のようなやりとりがある。企業の研究所と違って、時間を決めてきっちり研究に集中し、土日はしっかり休むという体制ではなく、各人が好きなときに来て好きなときに帰る。休みも好きに取る。早く来て早く帰ろうが、遅く来て遅く帰ろうが自由。しかし、「研究をやっているように見える」感は、やはり遅く来て9時10時まで研究している人々の方が大きい。

だから、ちょっと気になるのである。あの遅く帰る人々の余裕。私から見ても、中にはそんなにやることもないのに、「お先に失礼しまーす」と続々と帰っていく人たちに「お疲れ様です」と仕事をしながら言う優越感にちょこっと浸り、窓が真っ黒になっても仕事をしている自分の姿を目にしてほしいがために、なんとなく残っているような人もいる。そういう人たちは、もしかしたらまったくそんなことを考えずに夜行性なだけなのかもしれないが、「お先に失礼しまーす」という比率が高い側からすると、いつもいるというその存在が若干のプレッシャーになる。

でも、研究所で「お先に失礼しまーす」と言う方が、大学の院生室で「お先に失礼しまーす」と言うよりもずっと気楽である。まず第一に、研究所でだったら私でもそこそこ頑張っているので、帰ることに対する後ろめたさが少ない。一方、大学院生室では私は作業しにくいしすることもないので、だいたい最短時間しか残らない。第二に、私より確実に早く帰る人が必ずいる(これで安心している時点で、自分も上で文句をつけた居残り優越感族に属するのだが)。第三に、私は一番下っ端だし学生なので、迷惑をかけない限り、給料分働けというような義務がない。大学だと、学年こそ違えど立場上共通するものが多いので、逆に神経をつかう。

というわけで、それほど帰り際に問題があるというわけではない。でもそれはきっと、普通の企業ではそうでもないのだろう。研究所ですら、定時退去デーと何度も放送があって私が内心ほくそ笑んでいる日でも、誰も定時に帰らない(私は定時15分後に帰った)。ましてや会社なんて、上司が気になって気になって、普通の人はたとえ仕事を他の人より早くこなしたとしても、上司より先に帰れないであろう。

そういうしきたりは、社員の疲労が知らず知らず蓄積する原因になって、結局は組織に悪影響を与えるものだと思う。私が上司になったら、部下に「仕事が終わったら、私のことなんて気にしないで帰っていいからね」と言うだろう。または、そう言いつつ常に自分の方が部下より先に帰ってしまったりして。だが、それもそれで部下としては気楽だと思う。定時退去だって、ボスがそれを身をもって示さなきゃ始まらない。あの日、研究室のボスが来たのは定時20分前だった・・・。

研究所に行くとき、電車は速い。家に帰るとき、電車は遅い。「会社行きたくないー。早く家に帰りたいよー。」毎朝父が言う。父が会社が楽しいと言うのを一度も聞いたことがない。なのにどうして企業説明会で会う社員たちは全員仕事が楽しいと言っているのだろうか。この親にして、この子あり。
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恐るべし就活イベント

最近前よりも一層白くなったと噂されるディクディクでごんす。冬だから?と聞かれたらそうかもと思う。でも貧血気味なのかしら。自分でも白くなったかなって研究所のトイレでたまに思うが、よく企業説明会に行くと「青白い学生はいりません!」と言っている。若干心配になる。

生活の基本は研究となってしまったが、就活も時たましている。とはいっても、まだ今の時期はただの合同企業説明会が多いので、「かろうじてスーツ」+「靴下」+「運動靴」+「化粧なし」で行くことが多いが、別に誰も何も言わない。私服にチャレンジしたことは「スーツで来ないでください」と指定された一回しかないが、どんな奇抜な格好をしようとも、結局は真っ黒な群集に埋もれて見えなくなってしまうだろう。

しかし最近一番仰天したのは、東京ビッグサイトでの日本最大規模の就活イベントだ。地方学生の妹なんて、私より俄然やる気満々で、来る必要ないってあれほど言ったのに、新幹線で来てしまった。まあ、一回見てこりたようだ。あの混みようは狂気の沙汰で、へたれの私は身動きすら取れない状況に、入ったとたん帰ろうと決意した。しかし交通費も時間もかかってわざわざ来たわけだし、せめて抽選会(そんなものまであるのだ)まで残ろうと思い、抽選会の時間になってくじを引いたがあっけなくハズレ。(アイポッドほしかった)

で、人垣のすき間からブースでのよく聞こえない説明を聞こうとしたり、あらかじめ予約しておいた新聞社の講演を聞いたりして、行った甲斐があったんだかなかったんだかわからないようなイベント参加だった。

そんなこんなで、大規模イベントには講演の予約が取れない限り、極力行かないようにしようと決意した。大学限定の説明会もたくさんあるので、そっちにしようと。

そういうわけで今日なんとなく在学大学向けのイベントに行ってきた。ビッグサイトのイベントで大人気だった企業のところもガラガラで、企業の人が呼び込みをしているほど。だいたい私の大学の人に人気なのは、商社と金融とシンクタンクのようだ。食べ物などおまけをくれる会社も人気。

普通説明会に行くと、一つは「行ってもいいかも」と思う企業が見つかるのだが、今日はゼロ。今日思い知ってしまったのは、何かを作っている製造業者や製薬会社でも、実際に作っているのは技術系の人たちだけだということ。事務系で就職するしかない私としては、技術系の人たちのサポートだけで一生が終わっていくのは少し遺憾。できれば自分で何かを作って世に出したい。ぶっちゃけ「ウェルかめ」の主人公みたいなことがしたいものだ。

一方で、今日のエントリーシート練習試験で、エントリーシートが書けないことも痛感。500字で夢を書け、のところなんて、1文字も書けなかった。慣れない「ですます」調で書くとそれだけで真面目なことしか書けない気になり、しょぼんとしてしまって、わざとらしい読書感想文みたいな文になる。「学生時代に一番感動したことと、そこから得たもの」、「自分のエネルギー源(絵でも可)」、「企業選びで重視すること」、「自信を持っていること」・・・・・・見よ、この読書感想文より悪質な出題の数々。めんどくさいけど自分をもっと見つめて、生き生きと書けるようにしないと。感動したことはありすぎて絞れない。
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ありがとうおばさま

最近大学院史上最大に忙しくて…休みがなさ過ぎて…、来たる週末sを考えただけで、ああ、また公的にどこかに行かなきゃいけないんだと思うと泣けてくる。だから、あんまり先のことは考えないことにする。休むときはきっちり休めるというのも、大事な仕事の条件であるだろうよ。

そういうわけでぐったりしている今日この頃であるが、今日、帰りのラッシュの混雑路線の混雑するタイプの快速で帰ろうとし、案の定混雑して立ちっぱなしだったのだが、なんと、途中で荷物をたくさん持ったおばさんが、本を読んでいる私を見上げているなあと思ったら、ぐいっと私のかばんを引っ張って、女神のようにあたたかい笑顔をして「座りなさい」という目で私を見つめるのだ。驚いていると、片手で席をキープしつつ、席を譲ってくれた。

いや!信じられないが、信じられないこともあるものだ。周りのサラリーマンが、「くっそーうらやましい」という顔をしていた。私は別に「疲れたー」というのを醸し出したつもりはないので、あのおばさんは、立ちながら分厚い本を読んでいる未来を支えそうな女子学生を不憫に思ったのか、座れなくて悲しかった自分の学生時代を思い出したのか、目の前の女子に席を譲る「小さな親切」を実行している人なのか、真意は定かでないが、とにかく善意が体からあふれ出ている人で、私は感動した。

小さい頃はよく席を譲ってもらい、落としおもちゃを拾ってもらったりして、本当にうれしかった。なので、小さい子には席を譲ってあげたいという思いはあるのだが、若くて健康な人に譲るなんて考えたこともなかった。こういう親切は、めぐりめぐって日本人を優しくしそうだなという気がした。感動した!ありがとう!と言いたい。
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断食インコ

バイトが面倒で進まなくて、でも今日中に成果物を提出しなきゃいけないから頑張ってやっているのだけど、こんなばかばかしい仕事やってらんな~い。と思って、気が散る。最近寝不足なので早く寝たいのに。少しだけ気分転換にblog。

今日研究の方針面談のようなものを、でかい研究所に行ってしてきた。思えば、9月の頭あたりは計画も真っ白の状態だったのに、よくぞここまで持ち直したものだ。と、他の人よりは遅れている研究であるが、少し安心している。

インコでできることになったのはいいし、専門の先生に相談して、どっちに転んでも必ず結果が出そうな「勝利の計画」と、私の成果が出るかどうか未知数で「危険な計画」を並行してをやろうということになったのも安全そうでよいのだが、これからは本当に忙しくなってしまいそうだ。

実験の性質上、ほぼ毎日その研究所に通って実験しなければならないそうだ。大学にも就職イベントにも行かなければならないのに、これはかなりきつい。それも大変そうなのだが、「勝利の計画」の中で避けては通れない「断食」というプロセスがある。なんでも、餌がごほうびになるように、鳥に餌をやる時間を半日、1時間、5分・・・と短くして、普段より痩せさせなければならないそうだ。痩せた方が長生きするくらいだとは言うけれど、鳥をそんなに飢えさせるなんて哀れでならない。それに、鳥を一日数時間もクーラーボックスみたいな防音箱の中に閉じ込めて実験したら、インコなんて頭がいいから気が狂うかも・・・精神衛生上いいはずがないと思う。この方法は広く行われている常套手段だし、「勝利の計画」には仕方ないとはいえ、こういうことがあるから動物が好きだと動物の実験研究なんてやってられないのだ。
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トローチをなめてみた!

生まれてこの方、トローチを食わず嫌いしてきた。喉が痛いと内科に行くと、ちょっと喉の奥を見たくらいで「風邪ですね」となって、総合感冒薬的な顆粒薬と、50%ほどの確率でトローチが出される。「トローチまだありますので!」というタイミングが遅れると、「あ」も言えない間に処方されてしまう。これは鼻づまりで鼻にシュッとする点鼻薬が何本もたまってしまうのと同じ仕組みである。

耳鼻科に行けば、トローチが出される確率はもっと低い気がする。ちゃんと「おえーっ!」と言わせながら喉に薬を塗り、吸入をしてくれるではないか。でも内科は本当にトローチが多い。特に大学の保健センターの内科は。

でも私は生まれてから100個以上のトローチをもらっているが、1個も食べたことがないのである。だって、薬が口の中にずっと残っていて、しかも味覚器官の舌でなめなければいけないなんて、ひどいではないか。口内炎の軟膏が口の中にあるくらいなら、たまに間違ってなめるくらいなので別に気にならないが、トローチは薬のくせに飴みたいに扱ってほしいと言い張る。出しゃばりもいいところだ。

だが、私は最近喉がずーっと痛い。朝も痛いし、昼はそうでもないがたまに痛いし、帰り際も、寝る前も痛い。ひりひりして世の中が憎たらしくなるくらい。誰ものど飴をくれないなんて、世の中はひどいよと。

でも医者に行くのはめんどくさい。どうせアレルギー乾燥だという気がする。病気かどうかわからないが、とにかく今はいろいろ行事があって、気分的に医者に行くゆとりがない。

というわけで、今日は今まで挑戦したことのないトローチの山の中から1つを食べてみることにしたわけである。母曰く、オレンジの味がすると。オレンジの味って、子供の水薬みたいじゃないか。私の大嫌いな味だ。だが、私の保健センターのトローチは、青いミント味だった。なめてみると、普通の飴よりはねばねばするが、吐き出したいほどまずいわけではない。普通の飴だと思うには違和感が大きすぎるが、薬だという意識を時々なくすことは可能である。しかもすごいのは、のどの痛みがすーっと引いていったことである!

トローチ!ふえラムネのできそこないだと思ってずっと軽蔑していたが、お前はなかなかできる!常備薬に内定だ!
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音姫について

久しぶりなのだが、近況を書く気分ではないので音姫について書く。音姫とは、日本の女子トイレに最近80%くらいの割合で設置されている、流水音が出る機械。男子トイレの個室ではどうなのか知らないが、女子トイレにおける音姫の普及には目覚ましいものがある。

私はいつも音姫は音量が十分ではないと思っている。たまに音量調節できるトイレもあるので、最大限大きくしてみたりしたこともある。すると、いやー、すごい音がするものである。まるで津波で家が流されていくみたいな。普通にあのくらいの音量だったなら、排泄音はまず聞こえないであろう。

だが、普通の場合は、音姫は小川のせせらぎのように「コォォォォ~」と静かに流れる。それは排泄音とは明らかに質の違う音であり、音量だって排泄音をかき消すほどのものではない。なので、自分が体験している分には、明らかに2種類の異なる音が聞こえてくるため、音姫があっても絶対に聞いてほしくない音は外に聞こえているという感じがした。しかし、もしかすると、個室の外からだと2種類の音(あるいは複数の個室からの音姫の音+排泄音)が混じり合って、コォォォォ~しか聞こえないのかもしれない。

それを確かめるために、私は他の個室の音に耳を澄ませてみた。その結果は、私の予想通りである。音姫に大した効果はない。とりわけ音姫はガスを排出する音にはきわめて無力だ。

と、こんなことを書いていると、読者の方はもう二度と私と一緒にトイレに行きたくないと思うだろう。が、もう少し書かせていただきたい。

音姫の効果について疑問に思っていた私は、ついにトイレから出てきた友達に相談した。音姫は意味がないのではないかと。すると友達は「確かに音は聞こえるかもしれない」と私に同意した後、「でも静寂の中でするのより、音があってする方がやっぱりしやすいと思う」と言った。言われてみれば確かにその通り。ヨーロッパ旅行したとき、安ホテルにばかり泊まったため、トイレの戸が薄く、音が筒抜けで非常に恥ずかしかった。ある一緒に旅行した友達など、用を足すために私に買い物に行ってくれと頼んできたくらいだ。

完全の静寂だと、意識が「この音は今私が聞いているのと同じように人に聞かれるのだ」という方に向かう気がする。音のスタートと、終わりがわかる。そして、遠慮がちにスタートすると、「この人は聞かれることが心配でためらっているのだな」と外の人に思われているだろうなと思ったりして、頭の中は「外の人に聞かれる音」ということでいっぱいになる。

しかし、少し雑音があれば、意識を自分の内だけに向けることができる。もちろん、「ああ、聞こえているんだろうな」ということが頭をかすめはするが、外の人の意識は特徴のない雑音に引きつけられることもないだろうし、それに紛れてさりげなく始まり終わる音にもそれほど注意を払わないだろう。

だが、そもそも音姫なんてなく、音消しのために使用前・使用後と水を2回流そうなどと考える人も出ないくらいおおらかな社会だったら、こんなことにかかずらうこともなく、修学旅行の便秘もなかっただろうに。
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あっという間の新学期

毎日のように大学に行っていたので休みという実感もなかったが、明日から授業開始らしい!アッチョンブリケ!!さっき気づいて、時間割作りを始めた。休み中も大学と家とを往復するだけで疲れたのに、ここにさらに授業が加わるなんて・・・。あー忙しくなりたくない。でも授業は興味あるのがちらほらあるんだな。

特に毎学期ドイツ語スパルタ演習を開講し、先学期私が研究関連で何もできなかった最大の要因を作ったオーストリア先生の授業は、きついけど結構好きなのだ。だけど、今学期は冷静に考えて取っている場合ではなさそうだ。研究は大ピンチ、しかも通勤ラッシュ必至の1限だし。他にもドイツ語の演習があるようなので、今回は遠慮しておこう。

友達のアドバイスでは、就活中は演習は極力控えて聞くだけの講義にするのがよいとのこと。だが、大学院の授業に講義なんてないのだ、残念ながら・・・。演習なら演習で、できるだけ興味があるのにしようと思うと、言語系になって、「毎週の課題は多いので覚悟して履修すること」というような文字にむしろ「力がつきそう」と目がくらんで、引き寄せられそうになるから危ない。

あまりにも授業が少ないのももったいないと思ってしまう。でもつまらない授業は受けたくない。

あーあ。

今日は井上ひさしの新作『虐殺』という劇を見に行ってきた。小林多喜二が何を思ったのか。テレビでもおなじみの高畑淳子さんはすごく面白く、石原さとみちゃんはうぶな娘でかわいらしく(でも必ずしもさとみちゃんがやらなくてもいいような役だった)、全員一丸となって面白くも身の毛がよだつような怖~いお芝居を作り上げていた。

ロビーでいつも本などを売っているが、今日は井上ひさしと米原万里の展覧会の図録が目について、パラパラっと見てすぐ買ってしまった。吉里吉里人の世界を立体にしたその仙台の展覧会は、私のイメージしていた吉里吉里国にそっくり!で感動してしまったのだ。米原万里は、通訳エッセイの文体が面白くてハマり、最近一番注目している人(亡くなってしまったけれど…)。

バイト依頼も図々しく山ほどきやがった!そんな場合じゃないのよ、こっちは。と思いつつ、私と雇ってくれている唯一のバイト先なので、誠心誠意働こうと思いますよ。
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